どうすればおいしくなるかを考えて必要な調味料を選び、入れる順番や火加減を見る。素材の変化に気を配りながら、同時にいくつかの作業を行う。KIDSNA Academy 第四回は、様々な場面で活かせる「マルチタスク」と「ロジカルシンキング」を育てることができるレシピを、料理家の栗原心平さんに教えていただきました。また、脳科学の観点から料理を行うことで育つ脳の機能について瀧靖之教授を交えた対談をご紹介します。
「料理」を作ることで育める段取りと判断力
加藤:料理は、メニューを決めて逆算して美味しく作るための「論理的思考」。そして「マルチタスク」である同時進行の作業が繰り返されていると思います。 料理を行うことで習得できる具体的なスキルにはどんなことがありますか。
心平:「段取りと判断力」です。料理は作る順番だけでなく、同時並行的に作業を進めなくてはならないこともあって、「どちらを優先すべきか」といった判断力も身につくと思います。
瀧先生:限られた時間と資源の中で同時並行で日常的に行っているのが料理だと思います。私は、お湯が沸くまで待っているので料理を作るうえではまったく役に立ちません。
加藤:意外ですね。瀧先生はマルチタスクで、なんでも手際よく作業するイメージがあります。
瀧先生:いやいや、よく「お湯を沸かすのに張り付いていなくてもいいでしょ?」と言われます。(苦笑)目玉焼きも、どの程度焼けばいいのかがわからないんです。経験不足なんだと思います。
心平:実際、料理は慣れの部分が多分にあると思います。目玉焼きも、フライパンに卵を落として水を入れて蓋をする。少し蒸して、黄身の上に白い膜が張るおおよその時間も経験を重ねることでわかってきます。そういうことも場数を踏む必要が確かにあるとは思います。
「食べる経験」の多さが「作る楽しみ」に変わる
加藤:私は、料理をしているとすごく脳を使っていると感じます。特に、同時に数品作ると消耗する感覚があるのですが、心平さんはそういう感覚はありますか。
心平:僕は自宅に友人家族を招いて料理をふるまうときに、タスクのポイントを全部書くんです。その上で下ごしらえをするのですが、その作業そのものは正直、苦にはなりません。
ですが、レシピを組み立てる作業ではテンションが違います。
また、そのレシピもお子さん向け、男性が作る用などで分量も切り方、作り方や味の決め方も変わるのでそのときは消耗します。
加藤:レシピ作りは本当にロジカルな作業だと思います。私はレシピを見て作る側なのですが、そもそもレシピはどのように組み立てていくのでしょうか。
心平:「レバニラ」を例にあげると、食材のレバーとニラがたつようにするためにまず、レバーの下ごしらえのタイミングが重要。さらにレバーを噛んだときの味を決めます。味付けを濃いめにする場合には、オイスターソースを入れてから砂糖…といったように逆算にして考えていきます。
そして料理は、どちらかというと作る経験よりも食べる経験の方が重要だと僕は思っています。だからこそ、僕のレシピは食べた料理の記憶が基礎になっています。
今は、再現できるだけの経験があると思っていますが、料理家として出発したばかりのころは経験が少なかったにもかかわらず作ることができたのは、食べる経験が多かったからだと思います。
瀧先生:膨大な経験のインプットがあるからこそ、できることなのだと思います。新たなものを生み出すことの難しさを今のお話で痛感しました。
心平:子どものころに僕はよく、焼肉屋や居酒屋に連れて行ってもらっていました。居酒屋では最後の〆で天丼を出してくれたことを話した内容はもちろん、味も鮮明に覚えています。
また、小学校2年生のときにカニ味噌をはじめて食べたのですが、美味しくてひとりで全部食べてしまった記憶が料理とともにあります。食べる経験のインプットです。
瀧先生:感情と記憶は密接な関係にあると言われています。そして、感情をつかさどる扁桃体が海馬に伝えて記憶として残ります。そういう意味でも、料理はクリエイティビティな活動なのだと思います。伺っていてすごく感じました。
親子で楽しんで行う料理が子どもの脳を育む
心平:僕は、嫌がられるほどの段取り男なんです。もちろん、イレギュラーなこともあるので、最初にタスクと段取りを決めて最後に行きつく先を決めておくようにしています。出張の場合は、何時に駅弁を食べるかも決めています。
加藤:休日のおでかけの段取りもする方ですか?
心平:僕が行く場所を決めた場合は段取りします。
但し、家族もいるので予定時間に出発できることはほとんどないですが、「この時間に出たらお昼はここで食べられる」「その後は●●を見て、買い物をする」。「そうしたらこの時間に帰ってこられるから●●には間に合うよね」という大筋は決めます。
加藤:すごいですね。
心平:タスクと段取りを決めることは仕事にとても役立ちます。無意味な動きのように思えても結果的には無駄にはならないです。
瀧先生:私は段取りがそれほど得意では無いのですが、時間の使い方とか、僭越ながら心平さんに似ていると思い、嬉しくなりました!
但し、感覚的なお話で恐縮ですが、人はトラブルに出くわしたとき、柔軟に対応できる人と、すぐにはあまり柔軟に対応出来ないタイプの二通りあると思うのですが、私は後者の「すぐにはあまり柔軟に対応できないタイプ」に近いと思っています。だから柔軟に処理できるのは素晴らしい才能だな、と思います。
加藤:私は段取りがまったくできないので、見習わないと思いました。そこで、子どもに料理の段取りやマルチタスクを鍛えるためにはどのように促していけばいいですか。
心平:最初は、作業が重ならないようにすることが大事です。
瀧先生が先ほどおっしゃっていたように、お湯が沸くのをずっと見ていることから始めることが実は良いのです。大人にとっては進んでいないことも子どもにとっては大きな変化です。この経験が徐々に料理に形作られていきます。
また、仮にそれが電子レンジで作ったかんたんな料理であったとしても、完成後に「すごく美味しい」ということがポイントです。
それからステージと段取りを少しずつあげていき、レンジで調理をしている間に鍋でお湯を沸かすなど、マルチタスクを入れていってあげるといいと思います。
加藤:ちょっとずつクリアしていくのですね。
心平:そうです。但し、味が担保されていることが重要です。例えばスープであれば、複雑に絡み合った食材の味が立つことを明確にしてあげないと、子どもは美味しいとは思わないんです。
加藤:すごく勉強になります。確かにそうだと思います。
瀧先生:心平さんがおっしゃるように、子どもたちには簡単な機会を与えてあげることが大事です。そうすると「得意・不得意」「できる・できない」ではなく、経験が増えることで結果的にできるようになるのだと思います。
私は基本的に、「できない」「苦手」ということが世の中にはほとんどないに等しいと思っています。それは私たちの脳は可塑性といって変化する能力があるからです。
だからこそ大人になって、何歳になっても習得は可能ということがわかっているのです。
そう考えると「苦手」とか「できない」という事象は、人生の中でそれを経験する機会が少ないということだと思うのです。私も言い訳をすると料理をする機会が少なかったので、できないわけです。(苦笑)
心平:この話はまさに子どもだけのことじゃないですね。大人にも聞いてほしい話です。
加藤:ほんとにそうですね。脳に可塑性があるということは、いつからはじめてもできるということですものね。お父さんお母さんが、「料理は苦手」と思っている人もいると思います。でも、今から親子で一緒に始めるといいですね。
瀧先生:子どもは、親が楽しんでいると自分も楽しいんです。親がイヤイヤやっていることは子どもも嫌いになるのです。 だから親が「料理ができる子どもになってほしいな」と思ったら、自分ががんばらないとダメです。子どもにピアノをやってもらいたいと思ったらまず、自分が習いはじめる。
そして、大事なことは楽しくやるということです。イヤイヤやっていたり、子どもに無理やりやらせようとするのはダメです。親が楽しそうにやっていたら子どもも楽しくなります。
親が楽しくやっていれば、子どもも楽しくついてきてくれる。これは何にでも言えることだと思います。
心平:知人のプロのギタリストであるお子さんがとても楽しそうにギターを弾いているんです。「無理やりさせても、あんなに楽しそうにやらないよな」とは思っていたのですが、ご両親が楽しそうに演奏をしているのでしょうね。
僕が料理の立場で子どもがそうなっているのか、といえばそこまではいっていないので楽しそうにしていないのかもしれませんね。
加藤:楽しそうにやっているイメージがありますよ。
心平:ありますか?
加藤:むちゃくちゃあります。(笑)
瀧先生:あると思うのですぐに解決しますよ。(笑)
料理の上手 下手は「経験値の違い」
加藤: 瀧先生に伺いたいのですが、料理のうまい下手に先天的な要素はありますか
瀧先生:「ありません」と言っていいと思います。 もちろん、私たちの身体的要素のすべては、先天的な要因と後天的な要因の両方が影響しています。
ただ、「料理に上手・下手が先天的にあるか」と言われればそんなことはないと思います。概ね、後天的な経験の差だと思います。 だから料理が下手なのでなくて、料理の経験が少ないのだと思います。
だからもし、料理が下手であることが気になるのであれば、「楽しく作ろう」とまずは思うことと、心平さんもおっしゃっていましたが、場数を踏むことで上手くなると思います。
私も偉そうに言っていますが、今日から私も苦手意識を持たず、楽しく料理を始めようと思います。
加藤:今回、料理を行うことで育くむことができる「段取り」や「判断力」は何事にも通じることであり、うまく使えると様々なことに活かせるように思いました。
また、料理を美味しく視覚的にも美しく作ることのノウハウが実は、「作る経験よりも食べる経験が重要」との心平さんの幼少期の体験。また、瀧先生が話された「料理ができる子どもになってほしいと願うなら親が楽しんで行う姿を見せることが大切」という脳科学の観点からのお話が強く印象に残っています。
日常、毎日行う料理ではありますが、向き合い方ひとつで楽しい学びになることを改めて実感しました。また、教えていただいたレシピも子どもと一緒にぜひ挑戦したいと思います。